歌詞は説明ではなく、体温を描く。
良い歌には体温がある。
もっと言うならば、良い歌詞は、
字面を見た時に、
書いている人の姿が見えてくる。
まるで自分宛の手紙を読むように、
歌詞の一つ一つの言葉が、
心に届く感覚がある。
では、そのような歌詞を書くにはどうすればいいのか。
私は歌を書く際に、情景よりも、
”言葉”を思い出すことを大切にしている。
人生の中で、
歌の相手が語った言葉。
教えてくれた言葉。
心に届いた言葉。
または、
時間が経ってから意味が解けた言葉。
それらの言葉を抱えて生きている相手に、
歌の中に登場してもらう。
そっと伝える。
自分の側からも、
言語化されていない感情を言葉にする。
どんなに寒い冬にも、
私たちの身体には体温がある。
私たちの言葉にも体温はある。
かけてもらった言葉によって、
心に安心が広がるように、
気づきが後ほど生まれるように、
歌によって届く、
安らぎはある。
私は愛しさとは体温のことだと思う。
身体的感覚としての温もり。
ここに言葉が重なり合うとき、
私たちの心には灯りが灯される。
どんなに優れたメロディーも、
どんなに高度な技術も、
体温のない歌は
時代を超えて残ることはない。
人々の心の裏側ばかりが見えてしまう時代。
そのような姿を描けば、
共感されるかもしれないけれど、
やがてそのような歌を書いた心は蝕まれていく。
だから36度あたりの体温で、
描かれていく日常の姿。
歌によっては至高の愛の姿。
それが”言葉”により導かれたとき、
人々の心の琴線は響く。
わかりきったようなことを言いながらも、
私も毎回毎回、0から書くというスタート。
今回は書けるのだろうかと、
いつも、不安と期待とで書き始める。
作詞は一人で磨き完成させることもできますが、
他者の視点が入ることで、
見えていなかった輪郭が見えてくることがあります。
必要な方にだけ、
扉は開かれています。
