すごく普通のことをお話ししますが、
メロディーに言葉を載せる時に大切なこと。
それはメロディーをよく聴き、身体に馴染ませることです。
このとき、ただ聴くのではありません。
まるで執念のようにメロディーの細部を聴き取ります。
私の場合は、歌を書くと決めた日は、
一日中、デモ音源を流しっぱなしにすることが多い。
そうして、最初にメロディーの譜割りを書き出します。
私の場合の作詞の順番は、譜割りの書き出しから始まります。
メロディーの音数を数字で書き出すのです。
まだ歌の聴き初めの段階で、この作業を行います。
作曲家と私で解釈の違いがないかをよく考えながら、
譜割りの数字を書き出します。
譜割りの数字が書き出せたら、
それを見ながら、または何か作業をしながら、
デモ音源を身体に馴染ませます。
何も考えなくてもメロディーが口ずさめるようになるまで、
何度でも音源を聴き返します。
私がよく使う方法として、
Aメロを書き出すときに韻を意識する。
これはかなり大切にしています。
例えば、歌の入り口の母音を1行目と2行目で揃える。
歌の締めの言葉にい行を持ってきて韻を踏む。
そうすることで歌詞が短歌や俳句のような風格を持つのです。
良いメロディーには必ず、
何らかの風景が抽象的に含まれている。
作詞家はその風景を見抜きます。
この歌で歌われている世界は朝か夜か。
出会いか別れか。
悲しみか希望か。
そうしてメロディが導く歌の旅へと誘われる。
作詞は音楽のロマンです。
作詞家の気持ち次第で、
歌は大きくも小さくもなる。
当たり前のことではありますが、
メロディーに言葉をのせるとき、
勝手に作曲家の意図を変更するようなことはしてはいけない。
作詞家が勝手に語数を変えるということはしてはいけない。
宇多田ヒカルさんのような小節を跨いで言葉を紡ぐ手法もありますが、
それはかなりの上級者の書き方です。
その場合は、自分でしっかりと歌い、
依頼者には歌ったものも聴いてもらったほうが良いでしょう。
メロディーに言葉をのせる時に最も大切な考え方。
それは大声で歌いながら歌詞を書くということ。
歌は歌われるものです。
どれだけ字面で美しい言葉が並んでいても、
歌にして心地良くなければ音楽として成り立ちません。
これは、私も良く注意されてきました。
「ATOZIさん、この部分、ちゃんと歌いながら書かれてました?」
これは最も言われてはよくないダメ出しです。
歌詞は歌いながら書く。
これは鉄則です。
作詞は一人で磨き、完成させることもできます。
でも、他者の視点が入ることで、
見えていなかった輪郭が見えてくることがあります。
必要な方にだけ、
扉を開いています。
