作詞が「自己満足」になってしまう理由
プロとして育成期間にあるアーティストの卵。
いつかはきっと、と大きなステージを夢見るライブミュージシャン。
趣味で作詞をする人、全くの初心者の人々。
今までに私は、様々な方々に、
私なりの歌詞の書き方を教えてきました。
作詞が『自己満足』になってしまう理由。
これは、私にとっても、人ごとではありません。
私も作品を提出した際に直接的な言葉ではなくても、
『自己満足だ』というメッセージを
プロデューサーなどからいただくことがあるからです。
そして多くの場合、
現状の作品が『自己満足』でしかないということは、
本人自身も気づいています。
私なりに、考える一つの意見として、
自己満足になってしまう第一の理由は
一流を知らないことにあるように思うのです。
つまり聞かず嫌いなのです。
幅広く、様々なアーティストの考え方を取り入れていない。
自分の好みだけで音楽の良し悪しを決めようとしてしまう。
そうすると必然的に作品の器は小さくなり、
見事に、『自己満足』という罠に陥ります。
アーティストと呼ばれる存在には、
どのアーティストにも固有の美学があります。
固有の言葉遣いがあります。固有の視点があります。
できるだけ幅広く音楽を聴く。
これはとても大切なことです。
そして、最も大切なこと。
それはたくさん書くということです。
昔、飲み屋で「いつか日本一の作詞家になる」と
豪語する男性に出会ったことがありました。
それで、「今までに何曲ほどの歌を書いたのですか?」と聞くと、
彼は「今から書くんだ」と言うのです。
まるでコントのようですが本当の話です。
ここまでくると、かなりの妄想、
妄言になってしまいますが、
多くの作詞家志願者が同じようなことをしています。
”多くを書くという経験を経ずして成功したい。”
そう思っているように、
私には見えるのです。
自分が書いた歌が大切なのはわかります。
でも、たった1曲に囚われていて、
次に進めないようでは、
それではクリエイターとは言えないのです。
どのような角度からでも歌を書く。
どのような曲にでも歌を書く。
どのような状態にあっても歌を書く。
そうして書き続ける先に、
きっと『自己満足の壁を突き破る力』が生まれてきます。
フェイバリットソングを増やすということは、
とても大切なことです。
”好き”ということは才能です。
大好きな歌があればあるほどに、
それが一流であればあるほどに、
あなた自身の創造性も高められていく。
広い視界で世界を見る。
旅をするのも良いことだと思います。
そうして外を知り、
静けさの中で内側を知る。
世間一般の常識に縛られたりせずに、
自分が思う”好き”を形にする。
これが自分の美学です。
という作品が出来上がったなら、
それをこれからも何曲でも書けますと言える時、
あなたは自己満足の呪縛から、
ようやく解き離れているのかもしれません。
作詞は一人で磨き完成させることもできますが、
他者の視点が入ることで、
見えていなかった輪郭が見えてくることがあります。
必要な方にだけ扉は開いています。
