音楽制作の現場は随分変わった。
私が平井堅『楽園』の歌詞を書いた時代。
あの時代、私は富山に住んでいた。
届いた資料はA4の宣材用紙数枚とカセットテープだった。
今もそのカセットテープは私の仕事部屋にある。
作家事務所とのやりとりはFAXと固定電話で行った。
まだスマートフォンなどは、
誰にも想像もできないような時代。
私は届いたA4の資料を、まるで穴が開くほどに読んだ。
カセットテープを擦り切れそうになるほどに聴き込んだ。
この楽曲制作現場の内側を明かせば、
制作はコンペによって行われた。
かなりの数の作詞家さんに声がかかったと聞いている。
それでも、それ以降に私が参加したコンペとは、
空気の色合いが違った。
売れることが最初からわかっているアーティストのコンペ。
そこに生まれる責任。
事務所、プロダクションがブレイクを賭けて集めるメルコンペ。
そこに生まれる責任。
責任の色合いは異なる。
作詞家の方でも無意識で、
制作への向き合い方は異なってくる。
参加時はまだ素人だった私としては、
何としても決めたいコンペだった。
今まで私が書いてきた歌は6割ほどが決め打ち。
4割ほどがコンペでの仕事だった。
歌詞を書いて、1週間もしないほどで、
作家事務所から連絡があった。
「2曲とも阿閉さんの歌詞で行くようです。」
私は心から叫んでいた。
作詞家としての道が開いた。
それは、扉が開かれた瞬間の声だった。
結局、私の歌詞では、
『楽園』だけが採用になったのだけれど、
ディレクターがアーティストの意向を私のマネージャーに伝え、
マネージャーが私に伝えるリレーで、
6月頃からスタートした歌詞が完成したのは9月頃だった。
今では多くの歌の制作において、
与えられる時間の猶予は1週間程度であることが多い。
「今日中に書いて欲しい」と言われることもある。
『楽園』はゆっくりと静かな形で徐々に日本中に浸透して、
一年を通して、ロングヒットの楽曲になった。
この楽曲により私の人生は激変した。
それまでは見たこともないような世界へと足を踏み入れることになった。
レコード会社のビルに呼び出され、
今夜のてっぺんまでに書いて欲しいと言われ、
書き終えるまでは、
部屋からは出られないということもあった。
歌詞の直しは繊細な問題だ。
歌いにくいというのであれば、
それは構造上の問題であり、
明らかに直しが必要になる。
メロディーと一致していない場合も、
構造上の問題であり、直しは必須である。
だが、時には作詞家が一番気に入っている場所を、
全部、1から書き直して欲しいと言われることもある。
その際に、自分が気に入っている言葉を、
それ以上に輝く言葉に、
それ以上に深い歌にすることができるか。
作詞家の腕の見せ所になる。
この直しの速さ、精度が的確であるほどに、
次の仕事へとつながる信頼は厚くなる。
「すごく良いと思います」という言葉をいただいて、
しばらくして、
「やはりタイトルだけ残して全部1から書き直してほしい」
なんて無茶振りも日常茶飯事にありえる。
普通の感覚であれば、
やりきれないような仕事の進め方。
大御所の作詞家の方々の中には一字一句、書いたものは変えない。
そのような姿勢を貫いている方もいるという。
自分が辞めるか、ディレクターが辞めるか。
いつも人生の賭けとして歌を書く。
その信念は素晴らしく、私もそうでありたいとは思うが、
私の場合は、申し出された直しには忠実に応えるようにしてきた。
それが仕事が続いてきた一つの要因でもあると思っている。
今では音楽は”歌”というよりも、
”音楽的要素”の方が強く、
意味よりも響きが重要視される現場も多い。
韓流アーティストの楽曲などでは、
作詞家の方で仮歌を用意して、
書いた歌詞を歌ったデモを送られなければいけない場合もある。
さて、作詞家はどのように歌詞を直すのか。
それはプロの現場では、
聴覚上の問題か、風景が見えていないのか、言葉がまだ弱いのか。
それらの指摘が入るので、
ディレクターの期待値の上をいく言葉を紡ぐ。
直しをするということは現状の歌詞の一歩先。
または遥か先へと届く歌を書くこと。
そのように直しが成功した際には、
私の場合は大きく叫ぶ。
この歌は成功したのだという確信と共に叫ぶ。
このように、歌を書いた瞬間に、
胸の奥から湧き上がる感情が生まれる作詞家。
そのような作詞家は幸せだと思う。
私も自分自身で自分のことを幸せな作詞家だと思う。
正解は見えている。
どのように歌に向き合えば、
そこに辿り着けるのか。
音源をいただくたびに、
今回も、また書けるのだろうかと不安になる。
闘志も湧いてくる。
創作とは、
この繰り返しの作業なのだ。
歌は一人で磨き完成させることもできます。
でも、他者の視点が入ることで、
自分では見えていなかった輪郭が見えてくることがあります。
必要な方にだけ、
静かに扉は開かれています。
