Poet Songsとは?

作詞家として長い年月、
言葉を書き続ける中で、
私は次第に、
「書く前の時間」や 
言葉にならなかった気持ちを、
そのまま置いておける場所が必要だと
感じるようになりました。
その延長線上にある場所として、
Poet Songsがあります。

—ある女性のPoet Songs—

6:00

彼女は、いつもと同じ時間。
6:00に起床して、静寂の中で、窓を見る。
スマートフォンを見る前に、
少しだけ、
シーツに包まれて一日のことを考える。

今日は、平日で仕事。
あたりまえのような毎日。
でも、ずっと張りつめている感じが抜けない。
いつもと同じ、朝の準備をする。
シンプルな朝食を済ませる。

駅までの道で、電車の中で、
SNSを少しだけ開く。
誰かの成功、華やかな暮らし。楽しそうな時間。
数枚の画像を見て、スマートフォンを閉じる。
「私の人生は今、どこへ向かっているのだろう」
そんな問いが巡る。

12:35

仕事は慣れている。
与えられたことをこなし、
私なりの課題を作り、提案し、
それらを日々進めていく。
周囲から見れば、
何も問題はない。

でも、
言いようのない疲れと、
急かされるような世界の声に、
少し立ち止まってみたいと思うこともある。
ノートに日々の思い、
詩を書きしたためていたあの頃。

一人で入ったお店でランチのあと、
コーヒーを飲みながら、
スマートフォンを開く。
何かを探すでもなく、
先日、検索をしていて見つけた
「Poet Songs」という言葉で検索をする。

検索ページの一番上、
Poet Songsのアドレスをタップする。

一瞬、また心は立ち止まる。
派手ではない。
でも、
何かを売られている感じがしない。

「買わなくても、見ていていい場所だ」
サイトにも、消費の場所ではないと書かれている。
ここは、滞在の場所であると書かれている。
しばらく、スクロールする。
今、詩人が実際に使用している道具・・・。
言葉の道具の棚・・・。

18:08

帰り道、
日が少し長くなったことに気づく。
春はもうすぐだ。

昼に見た言葉が、
ふと、頭をよぎる。

「信じる力が、まだ消えていない人のためのノート」

──私は、信じているだろうか。
自分自身を。
そう思って、
少し苦しくなり、
でも、
「信じきれなくてもいいのかもしれない」
と、どこかで思い直す。
何者かになろうと急かす世界の中で、
Poet Songsの言葉たちは、
そのままでいいんだよと、
伝えてくれている気がした。
ここから始めればいいんだと、
教えてくれている気がした。

20:28

夕食を終えて、湯船に浸かり、
家の明かりが少し落ち着いた頃。

今日一日を、
誰にも話していないことに気づく。

うまくいったことも、
うまくいかなかったことも、
気づきはいくつもあったのに・・・。

もう一度、Poet Songsのページを見る。
昼より、少し近い距離の心で、
ノートの説明文を読む。

未来を煽るためでも、
何かを達成させるためでもありません。
言葉にならなかった気持ちを、
そのまま置いておくための場所。

これなら、私も持っていていい。
そう思った。

高価ではないけれど、
軽くもない。
でも、
「自分を変えるための買い物」ではないことが、
いちばん安心できる。
何よりも人の温度を感じている自分がいる。

Poet Songsとは?のページを読む。
詩人の手を通して届けられると書いてある。

詩人の名前(阿閉真琴)を検索してみた。
私の青春時代・・・。
詩人・作詞家の手を通して届く”言葉の道具”

それは、
今までに感じたことのない感覚だった。
詩人のお店・・・。
ここにいていいと書かれている。
ーハミングバードは、小さな身体で海を渡るー
この言葉が、夜の静寂に、
心に沈み、
あの頃の感情に触れたような気がした。

購入ボタンを押した。

数日後 19:50

ノートは届いた。
同封のカードを読む。
プレゼントも添えられていた。

届いたノート3冊を、すぐには使わない。

机の端に置く。
ときどき、
触る。

ある夜、
ふと開いてみた。
一行だけ、書く。

それで終わり。

でも、
その日、
たった一行が書けたことで、
その夜は少し、眠りやすい気がした。
アロマを炊いて、
暖かなココアを飲んだ。

 

この物語は、
特別な誰かの話ではありません。
実際のPoet Songsはこちら