それはとても恐れ多いことだけれど、
歌を書くときは、歴代の芸術の偉人と競う気持ちで歌を書く。
ピカソ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、マイケル・ジャクソン。
並べ方に統一性はないが、
私の中では、そういう途方もない存在たちと向き合うようにして言葉を書く。
昔から、規格内に収まるような、
日常をただなぞる芸術にはあまり興味がなかった。
常に規格外であり、
私たちの想像を大きく超えてくる芸術に、
私の心は揺さぶられる。
人生で最初に、音楽として強く求めたアーティストはヴァン・ヘイレンだった。
それは、仲の良かった同級生の影響だった。
アルバム『1984』。
今もこのアルバムの、
煙草を手にした天使の子供のジャケットを見るとドキドキする。
このデザインのTシャツがあれば欲しい。
世の中には今、罠が張り巡らされている。
当たり前であれ。
人からはみ出すな。
常識の中で生きよ。
そんな声によって、
人々の心は見えない鎖で繋がれているかのようだ。
私自身も、
その見えない鎖に繋がれている。
でもこの鎖は、
自分が望むならば、
思い次第で引きちぎることができる。
それは法律を破ることではない。
自分らしく生きるということ。
歌を書くのであれば、規格外でありたい。
誰もが思うような画一的な世界に興味はない。
「人生にこの歌があってよかった」
その言葉が欲しくて、歌を書き続ける。
一時期は普遍的な歌に憧れた年月もあった。
それでも、私の本来の魂はやはり、
規格外の表現を求めている。
見方によっては、かなり商業的と言えるかもしれない。
けれど、人の心の奥底に届かせるためには、
既存の概念も壊しながら書く。
常識の範囲には収まらない。
小さな枠に収まっていて、
何が芸術だろうと思う。
このギリギリの場所から、
私は規格外の表現をし続ける。
時代に訴える。
私の歌は届くのか。
それが一世一代の勝負。
勝ち負けではなく、
粘り強く押して、昇る。
私たちは、
あらゆる扉を開くことができる。
鎖を引きちぎれ。
詩人・作詞家
Makoto ATOZI
