予定調和による美しさは確かにある。
平和を描く。
希望を描く。
温もりを描く。
そこにも確かな真実はある。
それも大切な表現の一つ。
だけど、それだけでは届かない時代もある。
時代の節目節目で、
人々の心をとらえてきた表現者。
彼らは皆、既存の概念、常識を壊してきた。
人々がそれで良しとするもの。
安心するもの。
本物の表現者は常に、
それらを壊して表現を行なってきた。
ドキッとする表現。
希望の中にある孤独。
孤独の中にある希望。
愛の中にある絶望。
絶望の中にある愛。
一見、美しく整った表現は、
言葉を扱えるなら、ペンを持てるなら、
ある程度のところまでは書くことができる。
だから本当の表現者は、
人類が本当に必要とするものを、
既存の概念と常識を壊しながら表現する。
壊れゆく時代に、壊れゆく世界を描くのは容易い。
家族の愛も、愛する人への言葉も、
扱い方を間違えれば、容易く軽くなる。
ならばその容易さに何をプラスするのか。
または何を底に置くのか。
この時代の中で、表現者は何を表現すればいいのか。
Despair is the conclusion of the fool
Yohji Yamamotoのコレクションで使われていた言葉。
絶望とは愚か者の結論である。
この混沌の時代に表現者は何を描くべきか。
それはただの退廃的な姿なのか。
砂漠に注がれる水なのか。
北極に灯る灯りなのか。
私の中の表現の魂が言う。
「壊せ」
私の中の灯りが言う。
「愛を映し出せ」
表現者は常に挑み続ける。 時代を壊すほどの思いで、 ありったけの愛を作品に残す。
詩人・作詞家 Makoto ATOZI
