ラブソング、メッセージソング共によくあるのは、
書き手の感情が強すぎて、相手や世界の存在が見えなくなることです。
「君を守りたい」
「僕がそばにいる」
「全部受け止める」
「俺についてこい」
未来への希望や愛を言葉にする。それが作詞でもあるので、
過剰な表現も、ときには悪いものではありません。
でも、それが相手の心や状況を本当に見ているのか。
一方的な思いではないのか。
それとも、“包容力のある人間”としての自分を描きたいだけなのか。
そこに大きな差が生まれます。
まず、感情が強いこと自体は悪くない。
けれど、感情が強いほど、歌詞は一方通行になりやすい。
ラブソングもメッセージソングも根底にあるものは愛です。
少なくとも歌の中の愛は、見返りを求めすぎると、相手に届きにくくなります。
ラブソングの場合、「愛している」「守りたい」「そばにいる」という言葉が、
相手を見ているようで、実は自分の理想像を、
ただ語っているだけになることがあります。
メッセージソングも同じで、
「君なら大丈夫さ」「前を向こう」「世界を変えよう」という言葉が、
聴き手の痛みや現実に届いていない場合、空回りする。
それは先日のコラムの”言葉の記号”にも通ずるものがあります。
大切なのは、感情を弱めることではなく、
歌詞の中に、相手の存在と時間を置くこと。
相手がどう受け取るか、何を考えているのか、
何を言われたくないか。そこまで見たうえで言葉を置くこと。
つまり、歌の中に、自分の心だけではなく、相手の心も確かに置くということです。
私自身、歌詞を書いている段階で、
これは愛を描いているようで、
実は自分の思いの強さだけを書いているのではないか、と立ち止まることがあります。
ラブソングでも、メッセージソングでも、
相手の心が置き去りになると歌は空回りします。
大切なのは、自分の感情を押し出すことではなく、
相手がその言葉を受け取れる場所まで言葉を運ぶこと。
相手側の瞳からも世界を見て言葉を書くこと。
本当に包容力のある歌は、声が大きい歌ではなく、
沈黙や距離や迷いまで含めて受け止めている歌だと思います。
歌をひとりよがりにしない。
これは簡単そうで実はかなり難しいことです。
その歌は誰に届けたいのか。
そして届いたとき、相手はどう受け止めるのか。
喜ぶのか。救われるのか。少しだけ息ができるのか。
その姿を心に描きながら歌を書く。
歌の中では、離れた心と心が、一瞬だけ同じ場所に立つことがあります。
私は、その瞬間を描き出すのが歌だと思っています。
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Makoto ATOZI
