世の中には数多くの名曲と呼ばれる歌があります。
それでも、愛、喜び、平和を歌う名曲にも、
実は多くの矛盾が含まれていると感じられることがあります。
ジョン・レノンやマイケル・ジャクソンのような表現者を私は尊敬しています。
だからこそ、その歌の中にある矛盾にも心が向く。
『イマジン』という楽曲を聴いても、心が救われる部分と、
どうしても受け入れきれない部分が、私の中で同時に響いてくる。
ジョン・レノンの「天国はないと想像してごらん」という趣旨の一節も、
ある人には平和への大胆な仮定として響く。
けれど、祈りや亡き人や大いなる存在を大切にする人には、
受け入れがたいものとして響く。
この楽曲では、その両方が起きる。
そこに歌の矛盾があります。
どのようなレジェンドたちも、誰であっても、ひとりの人間です。
人間である以上、思いつきもある。偏りもある。言い過ぎもある。
届く人と、届かない人がいる。
ある人には救いでも、別の人には傷になる言葉もある。
それでも偉大な表現者は、その不完全さを消してから作品にするのではなく、
不完全さを抱えたまま、強い作品にしてしまうのだと思います。
歪な表現や、ある種の攻撃性を帯びた言葉の中にさえ、愛を宿らせてしまう。
レジェンドたちの創作の足跡には、そのような力強さを私は感じています。
偉大な歌だからといって、
そこにあるすべての言葉を無条件に受け入れられるわけではありません。
むしろ、偉大な歌ほど、人間の矛盾や危うさを抱えているのではないかと思います。
名曲は、必ずしも完璧な思想から生まれるわけではない。
むしろ、人間の矛盾や危うさを抱えたまま、
それを歌として成立させてしまうところに、
表現の恐ろしさと美しさがある。
本当に大きな愛を歌おうとすると、
その歌はきれいな言葉だけでは支えきれなくなります。
そこに矛盾が生まれる。
そして、その矛盾こそが、
歌を人間のものにしているのかもしれません。
作詞家は、矛盾のない人間になる必要はない。
けれど、自分の矛盾を知らないまま歌を書くことは危うい。
私自身が書いてきた歌にも、今振り返れば矛盾を感じる部分があります。
けれど、その時の私は、その時の私にできる精一杯の灯火を歌の中に宿そうとしていました。
矛盾のない歌を書くことが正解なのではない。
矛盾を抱えながらも、最後に何を残そうとするのか。
そこに、作詞家の姿勢が表れるのだと思います。
歌は、愛や平和を歌う時ほど、
誰かの大切なものや人生に触れてしまう。
だから作詞家は、
自分が何を願い、
何を否定し、
何を残そうとしているのかに、
もっと自覚的でなければならない。
作詞家に必要なのは、矛盾のない完璧な思想を持つことではなく、
自分の中にある矛盾を知ったうえで、
最後に何を残そうとするのかを選ぶことなのだと思います。
歌を書く。
それは簡単なことではありません。
だからこそ、第三者の視点が入ることで、
見えていなかった輪郭が見えてくることがあります。
必要な方に、扉は開かれています。
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詩人・作詞家
Makoto ATOZI
