2000年にリリースされたマキシシングル平井堅『楽園』は、 私にとって作詞家としての出発点になった歌です。
今日はこの歌を書いた時の心境、 大切にしたこと、歌に込めた思いをお話しします。
書いた歌が幼くなってしまうという人には、 もしかしたら価値のある内容かもしれません。 また『楽園』という楽曲のファンの方にとっても 価値のある内容になればと思っています。
『楽園』のdemo音源はカセットテープで受け取りました。
当時はまだMP3などのない時代で、
音源のやり取りがメールでできるようになるのはもう少し先の話です。
カセットテープが擦り切れそうになるほどに
私はこのdemo音源を何度も何度も聴き、
メロディーを身体に叩き込みました。
この楽曲の仕事を受け取った時、
私は当時お付き合いしていた大切な女性とお別れをしたばかりでした。
何もかもを失ったような気持ちでいた私の目の前には『楽園』の原石が、
demo音源のカセットテープがありました。
アーティスト平井堅のそれまでの楽曲は、
どちらかというと華やかな好青年の歌という印象が強かったように思います。
私はそれを全て変えてしまうような歌にしたいと思いました。
少なくとも、当時の私が知っていたJ-POPの枠には収まらない歌にしたいと思いました。
楽曲demo音源と当時の私の心境は見事に重なり合い、 歌を書きながら胸には常に迫るものがありました。
それでも当時の私はかなり非情であったと思います。 ロマンチストである半分、非情である半分、 それらの私がこの歌の中には見事に描き出されています。
歌は発売された瞬間から作家の手を離れ、
リスナーのものになります。
作家はあまり自分の思いが入った歌だということは言わない方が良いのですが、
それでもこの歌には私の人生の魂のようなものが込められていると思っています。
アーティストが大きく段階を上げる時、青春や恋愛を歌っていた表現から、
より成熟した精神性を帯びた歌へと歩み出す瞬間があります。
Mr.Childrenが『イノセントワールド』を歌い、
スピッツが『ロビンソン』を歌った時のような、表現の転換。
その時、アーティストはそれ以前よりも数段上の段階へと歩み出すことがあります。
私もそれを想定してこの歌詞を書きました。
平井堅というアーティストが持つ、
大人の色気、成熟した部分、深い精神性を歌にしようと決めて書きました。
この楽曲のMVでは老人の男性が主人公になっていますが、 あの年齢の主人公の物語にも耐えうる精神年齢を表す音楽になったと思っています。
歌詞を書く時には真実を描くのか、
ファンタジーを描くのかという問題があります。
ラヴソングで完全なファンタジーを描くことはなかなかないと思いますが、
現在進行形の相手を描くのか、
しばらく時間が過ぎた恋愛の相手を描くのか。
私の感覚では後者の方が感情を制御して、 豊かな物語を描くことができるように感じています。
それでも『楽園』は前者でした。 実際の感情をそのまま歌に込めました。
そうして出来上がった歌詞をベースに制作側とのやり取りで、 より音楽的な歌になるようなブラッシュアップが3ヶ月ほどありました。
なぜ『楽園』があのような歌詞になったのか。
この問いには様々な条件の重なり合いがあります。
私自身の私的なこと。
そして平井堅というアーティストの当時の状況。
そこに置かれた『楽園』という楽曲の根幹ともなるメロディー。
作曲家中野雅仁という素晴らしい才能の存在。
ディレクターの大きな判断。
私の当時のマネージャーの作家・音楽への思い。
私はこの楽曲が生まれた経緯の一つ一つは、 奇跡の中の奇跡と呼んでも良いと思っています。
作家、クリエイターが何らかの成果を上げる時、 そこには様々なご縁の重なり合いがあります。
世の中にある多くのヒットソングの背景には、 それぞれに語りきれないほどの物語があるのだと思います。
ヒットソングはアーティスト・クリエイターの人生を背負っている。 私はそう思っています。
これからも私は、 世の中に一石を投じるような歌詞を書いていきます。
世界に響く歌を書く。 それが私の願いであり、 自分勝手に決めた私の作詞家としての使命でもあります。
作詞に必要なのは、上手い言葉を並べることだけではありません。
メロディーをしっかりと身体に入れること。
アーティストのまだ見えていない可能性を感じ描き出すこと。
そして、自分の中にある痛みや記憶を、歌として耐えうる形まで整えること。
そのすべてが重なった時、歌詞はただの文章ではなく、音楽の中で生き始めます。
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詩人・作詞家
Makoto ATOZI
