作詞は言葉だけで完結させることはできない。
メロディーがあり、アレンジ(演奏)があり、
アーティストがいてくれることで初めて歌は昇華される。
私はこの作詞講座コラムで、
何度も”作詞の構造”について話してきました。
もちろん”構造”は作詞をする上で欠かせない柱です。
基礎のなっていない建物が不安定なように、
構造のない歌詞が歌として心に響くことはないでしょう。
それでは歌は構造が全てか、と問われれば、それはあり得ません。
作詞をしていく上では構造を守りつつ大切なことがあります。
それはアーティストの人生を守り育むことです。
歌が歌われた後、
その歌がどのように育っていくか。
歌は書かれたあとは、
作家の手元を離れリスナーの宝物になります。
作詞をするときは、
その最後の姿まで心に映し出して書かなければならない。
アーティストにはアーティスト自身のエナジーと、
そのアーティストが“次に行くべき方向”へ押し出そうとする力があります。
作詞家は歌を書くときに、
言葉では説明しきれない“流れ”にアクセスします。
ここには構造を超えた世界があります。
多くの人々は書いた歌が、
良い歌かそうでないかで判断します。
実際のエンターティメントの世界では、
それだけでは全く足りない。
良い歌など世界には溢れています。
しかし“選ばれる歌”はそれとは別の領域にあります。
その中で抜きん出る力。
それが構造を超えた領域です。
とは言いつつも、その力も、
構造を理解することで初めて得られるものでもあります。
今や世の中の音楽はかなり高度になりました。
作詞だけが遅れをとるわけにはいかないのです。
音楽の高度化に合わせて、
歌詞もまた次元を上昇させなければならない。
歌を書くアーティストの、
その人を次の段階へ押し上げる力にアクセスする。
自分自身がシンガーソングライターやアーティストなら、
自分を躍進させようとするそのエナジーにアクセスする。
歌には正解はないと言う人もいます。
私も正直そう思う時もありました。
でもやはり、歌には正解があります。
たった一つの正解を描き切る。
それが作詞の本当の姿です。
それは時代と共に移ろいゆく、刹那のものです。
歌とは刹那を描き切るものです。
作詞は一人きりで書くこともできますが、
第三者の視点が入ることで、
見えていなかった輪郭が見えてくることがあります。
必要な方にだけ扉は開かれています。
*作詞に関する30分の個別相談を受付しています。
歌詞の方向性、サビの弱さ、メロディーと言葉の関係、
作品の現在地を、
作詞家の視点から一緒に整理します。
詩人・作詞家
Makoto ATOZI
