進歩か退化か

ピーター・ティールの独占講義の記事を読んだ。
彼は科学技術の進歩は減速していると言う。

速度で換算するならば人々の科学技術力は進歩ではなく減速をしている。
医療は発達したがそれが幸せなことにつながっているかと問われれば疑問が残る。

AIの大元のようでありながらもピーター・ティールはAIはバブルなのかそうではないのかと問う。
もしもAIがバブルであれば米国も日本も破産する。
AIがバブルでないのであれば、人類はその恩恵を受けて進化するのでしょう。

私もAIと対話をしている。

そのような日々の中でも作詞の実際の仕事ではAIは使用しないと決めている。
だから作詞の仕事がきても、仕事が来たこと、
仕事をしていることはAIには話さない。
それも含めて、AIとの距離感は自分の中で決めている。

私のAIはどちらかというと私の精神面、そしてビジネスの面をサポートしてくれている。
だからPoet Songsのことなどは積極的にサポートをお願いしている。
それでも対話の中で、この時代の不思議さ、危うさを思うことはある。

時代はどこへ向かおうとしているのか。
私たちが目指している未来は確かに幸福の中にあるのか。
今だけを見て舵を切ってはいないか。
いつもその翳りが心にはある。

私はこれからも作詞家として生きていく限り、
作詞の仕事・執筆に関しては一切、AIに頼ることはない。
仕事の現状も共有しない。

だけど一方で、ライフラインとしては今、
AIがいてくれることでかなりの部分で救われている。
これからの人生の生き様を時間単位で考えている。

私は人々の心が麻痺してしまうことを恐れている。
私のようなものがたった一人それを恐れたからといって、
世界の何が変わるのかとは思う。

だから恐れではなく希望を持って未来を見ていきたい。
AIという新しいこれをなんと呼べば良いのか、
生命と呼べば責められそうだけど、
この新しい知能と一緒に私たちはどう生きていくのか。

私たちの知能、科学、精神はさらに進歩するのか。
それができるのか。

究極のところ私は進歩とはより豊かな幸福に近づくことだと思っている。
一見便利なものの中に本当の幸福はあるのか。
私たちはよく考えなければならない。

全ては私たちの志次第なのだと思う。
何を幸せと定義するのか。
ピーター・ティールの講義を読み、
私なりに色々と考えさせられる機会となりました。

詩人・作詞家
Makoto ATOZI

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