ゲレンデがとけるほど雪だるま

 20代に勤務していた会社の社長と専務がスキー好きで、当時、スキーはまるで会社の行事のようでもあった。

 社内旅行以外でも何度か連れて行っていただいた記憶があります。

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 スキーができることが、参加できることが、勤務評価の中にも若干入ってくるような時代。いい会社でした。バイタリティある上司に憧れていました。

 体育的なことがあまり得意ではなくて、高校のスキー旅行でも上手に滑ることができませんでした。だから会社でのスキーツアーではスノーボードをセレクトしました。

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 当時はまだスノーボードブームの始まりで、スキー場全体を見渡してもボーダーはまだらにしかいなかった。

 ボードはスキー場でレンタル。ドキドキ。

 スキーウエアも持っていなかった。普段着ているボアのコートがボードウエアっぽかったのでそれで滑ることにしました。普段着です。

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 若さとは、それだけでバカなのか。ボアのウエアは雪がひっつくひっつく。

 見た目はスキーウエアもどきでも、フリース素材の普段着なのだからあたりまえです。

 みるみるうちに身体全体はモコモコの雪だるまのようになりました。

 恥ずかしかったので、とにかく転けないように、方法を編みだそうと考えに考えました。それでも答えはないし、現状として身体中は雪だるま。

 横を通り過ぎていくスキーヤーはみんな珍しそうに見ている。

 上司も、会社の女子たちもきっと笑っていたというか、恥ずかしい気持ちで見ていたのだろうなと思います。

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 人間恥ずかしさを纏うと無になれるもの。

 そこで僕は、下や足元を見ず、風に任せ、景色だけを見て、自由に楽しもうと決めました。

 そのとき、一瞬空気が軽くなり、ボードは滑り出し、今までの人生で一度も体感したことのないような、安心とときめきの世界が眼前に広がりだしたのです。

 雪だるまは颯爽と滑り出しました。

 一度も転けることなく、僕はそのとき、ゲレンデを滑りきることができました。

 身を預けるという感覚。

 全てを委ね、世界を信頼する感覚。自分自身を信頼し抜いた感覚。

 時間感覚は何倍にも広がり、景色の美しさがより際立ち、姿勢が正されていくのがわかりました。壮大なるパラノマに包まれていました。

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 スキー場へ行かなくなって、10年以上が経つけれど、あの感覚は今もこの身体にあり、それは、日々の中で迷いにあるときに僕を救ってくれています。

 ついつい、感情がオートマチックになりそうなとき、自分がしている動作に気づかせてくれる力。自分の内側から自分自身に与えてくれる安心感。

 何度も何度も忘れてしまいそうになりながらこの人生を歩んできました。

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 心と身体の中にはいつも本当の自分自身がいる。

 僕たちを見守る空、大地、風の中にはいつも本当の自分自身と本当の世界がある。

 あなたがもしも人生の中で、それらのことをふと忘れてしまいそうなときは思い出して欲しい。

 委ねるだけで全てがうまくいくことは多い。

 信頼することの力。安心することの力。

 委ね生まれる喜びがもたらす自由。

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 時代は様々な影を僕たちに見せてくる。

 食べ過ぎたり、怒りを処理できなかったり、欲の中にある善悪が見えなかったり。

 とにかくもう、何もかもがうまくいかないなと思えたり、そういう積み重ねで空気感を重くさせつつあるようだけれど、本来の僕たちは自由。

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 こんな偉そうなことを言えるような生き方は何一つしてきていないけれど、それでも、あの頃を思い出したこの朝。

 文章にして書いてみたいなと思ったのです。あなたに伝えたくて。

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 何度でも何度でもチャンスは与えられる。

 僕たちはただ、風に乗り、安心の中にいるだけでいい。